こんにちは。みたっくす(@book_life_net)です!
booklife(ブックライフ)では、「本のある生活」を目指したい人向けに、本と触れ合うきっかけや本のある楽しい日常を発信しています。
今では本を買うのは本屋でなくてAmazonや楽天といったネットショップで買う人も多いことでしょう。さらに紙の本ではなく電子書籍を買う人も当たり前になりましたし、最近ではaudibleのようなオーディオブック、他には要約サイト・youtubeでのレビューで十分という人もいるかと思います。
つまり本の内容を得ようとした際のアプローチは多様化してきています。
では、そうした中でも本屋に行く意味はあるのでしょうか?
今回は、本を買うという視点以外の本屋の行くことの価値についてお話します。
本屋は偶然の導きを与えてくれる
「目的の本を買う」という行為においてはamazonなどのネットショップのほうが優れていることは疑いようがないことだと思います。
さらにamazonに関して言えば、レコメンドエンジンが優秀な点も挙げられます。
次から次へとおすすめの本を紹介してくれて、あれもこれもと気になる本が増えてる方も多いのではないでしょうか。
そのレコメンドには、顧客の購買や検索の履歴データを中心におすすめ商品を提案してくれるからそれもそのはず。さらにamazonが提供する他のサービスからのデータとも連携し、マシンラーニングが活用されている今、amazonのほうが自分のことを知っているという状態になっているかも知れません。
一方で、あまりに優秀すぎるとも言えます。つまり「何かに偶然出会う」可能性が、ますます低下していくことを意味しています。
そこで本屋にも意味が出てきます。
AIによるレコメンドから解き放たれるようにひたすら本屋を歩くことで、「偶然の導き」の機会を得ることができます。
例えば、Amazonでは決してレコメンドされることがない実用書や児童書、写真集や哲学書など普段は訪れることのないジャンルを訪れると、思わず手に取ってしまうことがあるでしょう。
この偶然の出会いの創出にこそ、本屋に行くことの意味があります。
本を読み始めるまでの違い
本を手にして読むところから先は同じでも、そこに至るまでのプロセスには違いがあります。例えば、ネットショップで購入するのと本屋に行って買うのでは全然違う体験ではないでしょうか。
その例として、主催している「読書しない読書会」参加者の感想を2つ紹介します。
読書しない読書会は、大型書店の普段行かないコーナーにいき、そこで手にとった本の感想を言い合う会です。つまり本屋に目的があるわけでも、何か欲しい本があるわけでもない人たちが本屋に行きます。
今までは「~を知りたい」「最近発売した~を買う」といった明確・ピンポイントな目的だけで本屋さんに行っていたのですが、最近は何も考えずに「何となく」雑貨屋さんを巡るような、「何かいいモノはないかな」とふらっと服屋さんに行くようなアバウトな目的で本屋さんに行くようになったなあと、ご参加者との共有時に気づきました。
今までの自分であれば、アバウトな目的で本屋さんに行くのは時間・お金の無駄だと嫌っていたのですが今はそれこそが必要不可欠な時間・お金(出費)だと考えます。
ふと手に取った・視界に入った本から、予想もしない広がりor自分の好きなことが明確化するからです。そしてそれに気づいた時に喜び?ワクワク?を感じるからです。
時には自分の行動範囲や視点を思い切って変えることが、問題解決の糸口になることもあるのかなと思いました。変な話、自分の生活している銀河系を違う惑星からみてみたら自分の思っていたのと違う世界がみえた、みたいな。
アバウトな目的で行動することは、無駄に思われがちです。だけどそんな状態だからこそ視界が拡がり、気付けることがあります。
興味深いのは、本屋を訪れたことに対して、意味を感じている点です。そうした中で購入した本が、特別な本になるのも想像に難くありません。
本屋の活用方法
「偶然の導きの機会を得る」という視点で考えてみると、本を買う目的以外で本屋を訪れる意味はたくさんあります。
例えば、
- 自分の好きに気づく
- アイデア出し・仕事のイメージのすり合わせ
- 教養を身につける
- 副業の成功確率を上げる
といったことも本屋に行くことで得ることができます。
具体的な得る方法については今後記事にしていきますが、まずは目的なしに本屋に行ってみることをおすすめします。
昔も今も本屋という場所は、限られたスペースの中で世界中のことを知ることができる場所です。「本屋に行くことは、身近な世界一周旅行である」と書かれている記事を読んだことがありますが、まさにそのとおりだと思います。
もちろん情報量でいえばインターネットのほうが圧倒的ではありますが、そこには検索やハイパーリンク、SNSによるつながりなど能動的な行動が一定以上求められますし、レコメンドやアドテクロジーによってカスタマイズされた情報へと誘導されてしまう現状もあります。
だからこそ本屋のように受動的に、身体を使いながら世界を感じることが貴重なものへとシフトしているとも言えるかも知れません。
本屋が年々減っているという事実がありますが、まだまだこれほど身近に存在している国は珍しいこともまた事実です。世界から見れば当たり前のようで当たり前じゃない現状を積極的に活かしていきましょう。